押入れ
永野 朋花
学校では静かに振る舞っていたが、地味だとからかわれたり、机にゴミを入れられることがあった。
それでも、「家では絶対泣かない」と心に決めていた。
妹の美羽はいつも笑顔で迎えてくれる。
それが私を支えてくれている。
ある日、学校で嫌なことがあった。
帰宅すると美羽が不思議そうに尋ねてきた。
「ねえ、今日学校で泣いてた?」その言葉に驚いて返した。
「え?なんでそんなこと聞くの?」美羽の答えはさらに不気味だった。
「押入れの中から声が聞こえたよ。お姉ちゃんの声、『やめて』って。」
私は笑ってごまかしたけど、その夜、美羽は押入れの前でじっと座っていた。
「また声が聞こえるよ。お姉ちゃんの声が、『やめて』って言ってる。」
学校で嫌がらせが続く中、また不安になった。
帰ってきた私に美羽が言った。
「今度の声は怒ってた。『もう許さない』って。」
その夜、押入れから何か音がした。
恐る恐る押入れを開けると、奥にノートが落ちていた。
ページをめくると、そこにはこう書かれていた。
「ともかのかわりに、わたしがやる。」
その翌日、嫌がらせをしていた子が学校を休んだ。
家に帰ると、美羽が言った。
「お姉ちゃんの声、怒ってないよ。静かに笑ってる。」
私は押入れをじっと見つめた。
奥に誰かがいる。
それが誰なのかは分からない。
でも、声ははっきり聞こえた。「もう泣かなくていいよ。私が全部終わらせたから。」
長谷川 咲桜
学校で静かに振る舞う朋花さんの姿を、私、長谷川咲桜(さくら)は遠くから見ていた。
いつも真面目で先生の言うことをよく守る姿は尊敬していたけど、同級生たちからの嫌がらせには心が痛む。
けれど、朋花さんは決して弱音を吐かない。
その背中には何か鋼の意志があるように思えた。
そんなある日、学校で例の噂を耳にした。
「朋花の家の押入れに何か怖いものがいるらしい。」
みんなはふざけて笑っていたけど、私はその言葉が気になって仕方がなかった。
何か、ただの冗談では片付けられない気配を感じたのだ。
その日の放課後、私は思い切って朋花さんに声をかけた。
「ねえ、朋花さんのおうちの押入れ、何かあるの?」
彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で答えた。
「なんでもないよ。ただの噂だよ。」
でもその笑顔は、何かを隠しているようにも見えた。
夜になり、家に帰った私は妙な夢を見た。
薄暗い押入れの中、ノートがひとりでにページをめくり、
「さくら、見るべきだ」と書かれている。
それがまるで私に語りかけているようだった。
その翌朝、どうしても気になって朋花さんにお願いしてみた。
「見に行ってもいい?」すると彼女は静かに頷いた。
放課後、朋花さんの家を訪れることになった。
美羽ちゃんが玄関でにっこり迎えてくれたけど、その奥の押入れからかすかに何かの音が聞こえた気がした。
胸の鼓動が速くなる。私たちは押入れの前に立ち、朋花さんが意を決して扉を開けた。
すると、ノートが床に落ち、ページがぱらぱらと風もないのにめくれていく。
そして、押入れの奥から朋花さんのような声が響いた。
「さくらも守ってあげる。」
私はただ立ち尽くすことしかできなかった。
その声には、なぜか怖さよりも深い安心感があった。
その後、学校では嫌がらせが減り始めた。
あの押入れの出来事が、本当に何かを終わらせてくれたのだろうか?
それとも、ただの偶然だったのか。
今もわからないけれど、朋花さんの笑顔が少しずつ増えたことだけは確かだ。
私にはそれが何よりも嬉しいことだった。
永野朋花の妹 永野美羽
私は小学3年生の永野美羽。
お姉ちゃんの朋花がいつも優しくしてくれるけれど、学校で嫌なことがあった日はその笑顔に少し曇りが見える。
それが悲しくて、何とか助けてあげたいと思っていた。
でも、最近はそれだけじゃなくて…押入れのことが気になって仕方ない。
お姉ちゃんが学校で嫌な目にあった日の夜、押入れの前でじっと座っていると、不思議な音?声?が聞こえる。
最初は風のせいかと思っていたけど、「やめて」っていう声が確かに聞こえた。
それが、どうしてもお姉ちゃんの声に聞こえてしまう。
その翌日、お姉ちゃんが学校でまた嫌がらせを受けたみたいだった。
帰ってきたお姉ちゃんに、「今日の声は怒ってたよ。『もう許さない』って聞こえた」と話すと、
驚いたような顔をしながら押入れをじっと見つめた。
ある夜、思い切って押入れを開けてみた。
中にはノートがひっそり置かれていて、ページがひとりでにめくれている。
私が恐る恐るノートを手に取ると、そこにはたくさんの名前が書いてあった。
そして最後のページにこう書かれていた。
「わたしがともかを守る。そして必要なら、みうも。」
その言葉を見た瞬間、押入れの奥から静かな気配を感じた。
誰かがそこにいるのが分かる。
でも、怖いという気持ちよりも、安心感が湧いてくる。
「泣かないで」と優しい声が聞こえた時、私は不思議と涙を流してしまった。
その後、学校では少しずつ嫌なことが減り始めた。
でも、押入れの声はまだ、ときどき聞こえる。
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