写真の中の少年
塚本 涼太
今日、僕はいつもより緊張していた。
ピッチャーとしての責任感はもちろんだけど、試合中に父さんが持ってきた新しいカメラで僕の姿をいっぱい撮るって言ってたんだ。
「涼太、かっこいいところをバッチリ撮るからな!」
その言葉に僕の頑張りたい気持ちは倍増した。
試合が終わって、みんなで家に帰った。
ご飯を食べたあと、家族で写真をテレビに映して見ることになった。
自分のフォームを確認できるって思って少しワクワクしていた。
最初は楽しかった。
僕が投げている瞬間やチームの集合写真が映って、みんなが「涼太、すごい!」って褒めてくれた。
でも、ある写真が出てきたとき、何かおかしな感じがした。
僕がマウンドに立っている写真だったけど、そこには見知らぬ男の子が映っていた。
彼は僕と同じユニフォームを着ていて、顔はぼんやりしていたけれど無表情だった。
その寂しげな目が、僕をじっと見つめているようで、思わず画面から目をそらしてしまった。
姉ちゃんが「この子、誰?」って聞いてきて、父さんも「試合中にはこんな子いなかっただろ?」って困惑していた。
でも僕にはわかるんだ。
その瞬間、背中が冷たくなって、まるでその少年の視線を直接感じるような気がした。
翌日、学校でこの話を友達にしてみたら、チームの先輩が怖い噂を教えてくれた。
「あのグラウンド、昔事故で亡くなった選手がいるらしいんだよ。
試合の日に時々現れるって話、聞いたことあるぜ。」
その話を聞いてからというもの、僕は父さんがカメラを持ってくるのが怖くなった。
そして、試合の日になると、背後から微かな視線を感じるようになってしまった。
あの少年は何を伝えたかったのだろうか。僕にはまだわからない。
ただ、これからもグラウンドに立ち続ける僕の背後で、彼は静かに見守っている気がする。
安田 駿
僕は野球は全然やらないけど、涼太とはそれなりに仲が良いんだ。
それもあって、昼休みに「お前に聞いてほしいことがある」って急に涼太が真面目な顔で話しかけてきたときは少しびっくりした。
涼太の話を聞いて、最初は正直、怖さよりも不思議さの方が勝った。
写真に映ってた見知らぬ少年の話なんて、まるで幽霊話みたいだ。
でも、野球には興味がない僕だからこそ、ちょっと冷静に考えられたんだ。
「それって、本当に人なのかな?たまたまカメラの不具合とか…?」
って言ってみたけど、涼太の顔は真剣そのものだった。
放課後、僕たちは一緒に家に帰ることになった。
涼太の家で、その例の写真を見せてもらうためだ。
正直、僕はちょっと興奮してた。
怖いものには惹かれる性質なんだ。
それでも涼太の「視線を感じた」という言葉が引っかかって、少しだけ不安な気持ちもあった。
涼太の家で、いざ写真を見た時、僕は言葉を失った。
噂話や怖い話の中の出来事だと思ってたけど、本当にそこに見知らぬ少年が映っていたんだ。
目がぼんやりして、無表情で、見ているだけで体がゾワッとする感じ。
僕は思わず「あれ、本物じゃない…よな?」と弱々しい声を出した。
その後、涼太が語ったグラウンドの事故の話にはさらに背筋が寒くなった。
僕は野球には関心がないけど、地元の歴史とか場所の背景には興味がある。
特にその場所の昔の出来事や使われ方を知るのが好きだ。
それもあって、「そのグラウンド、調べられる資料とかないかな?」と自然に聞いてしまった。
「例えば、図書館とか。昔そのあたりがどうだったか、新聞とか記録に載ってるかもしれないし。」
涼太は「そんなこと、考えもしなかった…」と少し驚いた顔をしたけど、僕の提案にうなずいてくれた。
そして、「駿、今週末、一緒に行ってみないか?」と頼んできた。
こうして僕たちは週末、地元の図書館で調べることになった。
僕の好奇心と涼太の不安が交差する中で、あの少年の正体に少しでも近づけるかもしれない、そんな思いが胸を支配していた。
塚本涼太の姉 塚本梨乃
弟の涼太と安田くんが図書館で調べ始めたころ、私はその話が何か重大なことに繋がるかもしれないと感じていた。
自分でも何か手がかりが欲しくて、家で過去の新聞記事が載っているサイトをこっそり検索してみることにした。
しばらくして、ある事故の記事に辿り着いた。
それは40年前にこのグラウンドで起きた悲劇だった。
少年野球の試合中、強い風のせいでバックネットが倒れ、ピッチャーマウンド付近にいた選手が命を落としたという内容だった。
犠牲者は小学5年生の少年で、彼は野球チームのエースピッチャーだったそうだ。
その記事には少年の名前が書かれていたけど、その写真は載っていなかった。
ふと頭の中で涼太の話がつながった。
あの写真に映っていた少年――無表情で寂しげな目をした少年の姿。
それが過去に命を落としたその選手だったのではないかと感じざるを得なかった。
でも、どうして今になって姿を現したのだろう?
涼太が戻ってきた夜、私はその記事を見せることを躊躇した。
でも涼太が「姉ちゃん、何か分かった?」と真っ直ぐな目で聞いてきたとき、すべてを打ち明けることにした。
涼太は無言で記事を読んで、長い沈黙の後に一言だけ「そうだったのか」と呟いた。
「図書館で調べたんだ。これじゃないけれど、市報?っていう市の記録を見つけた。
この子も僕と同じ 涼太 くんだったんだよ。」
「…涼太、くん」
それからしばらく、涼太は写真を見ることを避けるようになった。
試合の日も、以前より静かになったように感じる。
ただ、彼がピッチャーマウンドに立つとき、何かに話しかけているように見える瞬間がある。
それが誰に向けられているものなのか、私は何となく分かる気がした。
そのグラウンドでは、今も少年野球の試合が行われている。
でも、私はふと考えてしまう。涼太くんは何を伝えたかったのか、涼太の背後に立つ理由は何だったのか――そのすべてをはっきり知ることはできないけれど、涼太とあの涼太くんがどこかで通じ合ったことは確かだと思う。
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