5年1組11番 豊田祥也『選手交代』

ショート怪談

選手交代

豊田 祥也

僕、豊田祥也。

小学5年生。

転校してきて数か月。弟の悠人はいつも優しいけれど、学校ではあまりうまくいかない。

授業は失敗ばかりで、友達もできず、教室にいるたび孤独に押しつぶされそうだった。

ある日の放課後、僕は教室で居残りをしていた。

先生に怒られた後、算数のプリントに取り組んでいた。

ふと、誰もいない教室で足音が響いた。

振り返ると、自分にそっくりな少年がそこに立っていた。

「君、僕に似てるね。」少年が口を開いた。

その声は、まるで僕自身が喋っているみたいに聞こえた。

「でも、君よりもっと上手くやれる。」

動けない僕を尻目に、少年は机に手を置いた。

そして僕の目をじっと見つめ、こう言った。

「僕が君の代わりになろうか?君はもう頑張らなくていいんだよ。」

胸の奥で何かが動いた気がした。

いつも失敗ばかりの日々を、この少年が代わりに引き受けてくれる――その思いに、何故か安堵を覚えた。

「…それも悪くないかも。」

僕がそう思った瞬間、頭がぼんやりして、気づいたときには暗闇に吸い込まれていた。

翌朝、教室に入ると、自分が自分の席に座っていた。

いや、座っているのは「昨日の少年」だった。

彼は明るく笑い、みんなに囲まれて楽しそうに話していた。

授業では、僕がいつも答えられない問題を難なく解き、先生の笑顔を引き出していた。

廊下の端からその光景を見ていた僕の耳に、彼の声が微かに響いた。

「やっぱり僕の方が輝いてるだろう?」

僕は静かに背を向けた。

胸の中には不思議な満足感が広がっていた。

もう間違える心配もない。失敗も、孤独もない。「これでいいんだ。」

その日から、僕の影は教室で見られなくなった。

それでも、廊下の隅で誰も気づかないように立ち尽くす僕の姿を、時折誰かが見たと言う。

豊田祥也の弟 豊田悠人

お兄ちゃんの祥也は、最近どこかおかしい。

いつもぼんやりしているし、前よりも何かが欠けているように感じる。

けど学校では、みんなが「明るくなったね」と褒めていた。

なんだか、僕だけが変化に気づいているみたいだった。

ある夜、ふと目が覚めると、お兄ちゃんの部屋から小さな声が聞こえた。

「…うまくやれるだろう?」

ドアをそっと開けると、お兄ちゃんがベッドの端に座っていた。

でもその顔は、いつもと違う、どこか冷たいものを感じた。

次の日、放課後、こっそりお兄ちゃんの後をつけた。

校舎の奥へ歩いて行った。普段ほとんど使われない西階段の倉庫を開けると、薄暗い中から不気味な雰囲気が漂ってきた。

倉庫の中で、お兄ちゃんは立ち尽くしていた。

けれど、彼の周りに何かがいる――いや、「誰か」がいるように見えた。

その影が少しずつ形を変え、僕のお兄ちゃんとそっくりな姿になった。

「やっぱり、君より僕の方が上手くやれるね。」その影が冷たい声で笑った。

「お兄ちゃん!」思わず叫んでしまった。けれど、お兄ちゃんは振り返らない。

その代わりに影が僕をじっと見つめてきた。

「悠人くん、君には何も心配いらないよ。祥也も満足している。ね?」

影が静かに手を伸ばすと、お兄ちゃんが頷いた。

そして、まるで吸い寄せられるように物置の奥へ消えてしまった。

その日から、家にいる「お兄ちゃん」も明るい笑顔を見せるようになった。

けど、僕にはわかる。彼はもう、本当のお兄ちゃんじゃない。

落合渚央友

僕は豊田くんが最近変わったことに、他の誰よりも気づいていた。

みんなは「元気になったね」と笑顔で話しているけど、僕にはわかる。

彼は、違う。何かが歪んでいる。

それはある日、廊下で目にした光景がきっかけだった。

昼休み、誰もいない校舎の奥に向かう豊田くんの後ろ姿を見かけた。

普段、あの場所には近づかないはずなのに――僕の中で引っかかるものがあった。

思わず後をつけると、西階段倉庫の扉が静かに開き、その中に彼が消えていった。

中を覗いた僕は、息が止まる思いをした。

彼の周りに漂う影が、ゆっくりと彼自身の形を取っていく。

いや、それは正確には彼じゃない――より自信に満ちた表情で、冷たい光をまとった「豊田くん」だった。

「君たち、こんなに面白い関係だね。」

影が笑う。

「祥也は満足しているよ。倉庫の静けさがぴったりだ。」

僕が叫びたくても声が出ない中、祥也は影に手を伸ばしていた。

まるで自分から「選手交代」のハイタッチでもするかのように。

「渚央友くんもどうだい?君の心も、こんなに簡単に軽くなるよ。」

影が僕を見つめて誘う。

けれど僕は逃げ出すように廊下へ走った。

倉庫の扉は静かに閉じ、豊田くんの「代わり」が教室に戻った。

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