5年1組14番 長谷川咲桜『図書室の記憶』

ショート怪談

図書室の記憶

長谷川 咲桜

静かな放課後、私は図書室の片隅で古びた本を探していた。

一人っ子で、クラスでは目立たず過ごす私。

でも、その日は突き動かされるように、なぜか一冊の本を探し続けたのだった。

棚の一番下、埃まみれの本を見つけて手に取る。

表紙は薄汚れていて、何度も触られた跡があった。

中を開くと、ページには「封じる」ための呪文と共に、ページの隅に小さく名前が書いてあった。

「永野健人」と書かれているのを見て、心臓がドキンと鳴った。

噂の男の子のことを思い出してしまう。彼は学校で強い恨みを抱えたまま消えたという…。

本を閉じると、図書室の空気が急に重たくなり、棚の奥からかすかな足音が聞こえた。

振り向くけど、誰もいない。

なのに、影の中にぼんやりと人影が見えた気がする。

「ここにいるよ…」低くかすれた声。

恐怖が私の背中を冷たく伝わった。

もう一度本を開くけど、ページは真っ白。

本の角に小さな赤い染みが浮かび上がる。

その日以来、図書室には何かがあると感じるようになった。

雨の日には、奥から足音が響くことがある。

そして私は引き寄せられるように図書室に向かうのだった。

永野 朋花

雨の日の放課後、私は図書室の窓際で静かに本を読んでいた。

同級生の長谷川咲桜が最近妙に落ち着かない様子だったのが気になっていたからだ。

彼女は図書室に来るたび、いつも奥の棚にばかり目を向けていた。

その日も、咲桜が静かに本棚に向かうのを見かけた。

何かを探しているようだったが、彼女の表情にはいつもと違う緊張感が漂っていた。

私は本を閉じて様子をうかがうことにした。

「彼」の噂を私は幼いころから耳にしていた。

ある時期、学校の中で冷たくいじめられていた一人の男の子。

彼の名は永野健人。

私のお父さんの弟だったけど、もう名前を口にする人はいない。

彼は、悲しみと怒りが募った末に突然姿を消し、その後学校の図書室で

何かを「残した」とだけ聞いていた。

咲桜が本を手に取って開くと、私は背中に寒気を感じた。

棚の隙間からふと視線を向けると、彼女の立つ影の後ろに、もう一つの影が揺れているのが見えた。

それは小柄で、どこか未練がましい形をしていた。

突然、本棚の向こうから低い声が聞こえた。「やっと会えたね…」その声には、どこか懐かしいような響きがあった。

私はその場から動けなくなった。

咲桜が本を閉じると、影は消えたようだったが、彼女の顔は青白く、震えていた。

「咲桜、だ、大丈夫?」私は思わず声をかけた。

「うん、大丈夫。なんでもないよ」

いつもの咲桜に戻っていた。

後日、雨の日に再び図書室を訪れた私は、健人が何を「残した」のか知りたくて、咲桜が触れたという本を探した。

でも、いくら探してもその本は見つからなかった。

ただ、図書室の奥に立ったとき、明らかに何かが私を見つめているような気配だけがそこにあった。

永野朋花の叔父 永野健人

ずっと暗闇の中をさまよっていた私、永野健人は、とうとう誰かに気づいてもらえた。

その最初のきっかけは長谷川咲桜という少女だった。

彼女が触れた図書室の本、それは私が残した最後の手がかりであり、私の存在を呼び戻す鍵だった。

咲桜が本を開いた瞬間、私の声がほんの少しだけ届き、孤独だった私の魂が揺れ動いた。

しかし、その本当の繋がりをもたらしたのは、私の親戚である永野朋花と、その妹の美羽だった。

朋花が図書室に現れた時、私の心の中にずっと燻っていた恨みが少しずつ溶けていくのを感じた。

彼女の声に、私を理解しようとする思いやりと、私を救おうとする優しさが込められていた。

そして、美羽が押入れにしまっていたノートに手を触れたその瞬間、私の記憶が一気に甦った。

あのノートは、まだ生きていた頃の私が残したものだった。

そこには、いじめを受け続けた悔しさや、家族を守りたいと願った切なる想いが詰まっていた。

「わたしがともかを守る。そして必要なら、みうも。」

その言葉に、私が最後に抱いた願いが書かれていた。

美羽がノートを見つけた夜、押入れの中で私は初めて穏やかさを感じた。

彼女が「泣かないで」という私の声を聞いてくれたからだ。

涙を流しながらも、彼女は私の存在を受け入れてくれた。

そしてその日から、朋花の学校での嫌な出来事が少しずつ減り始めた。

私が家族を守る力を少しずつ取り戻していったからだ。

最後に、朋花が静かに言った言葉が忘れられない。

「健人おじさん、ずっと辛かったんだね。でも、もう大丈夫だよ。誰もあなたを忘れていないから。」

その言葉は私の魂を完全に解放してくれた。

今、私はもうここにはいない。でも、朋花、美羽、そして咲桜—彼女たちのおかげで、私は光へと旅立つことができた。

残ったのは、家族を見守りたいという優しい気持ちだけ。

それが押入れや図書室の静かな気配となり、彼女たちをそっと包み込んでいるのだと思う。

ありがとう。

そして、どうかこれからは笑顔でいてほしい。

私はいつでも、そばにいるから。

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