『推しの声』
足立玲依莉
私は足立玲依莉、小学5年生。
勉強はちょっと苦手なんだけど、唯一大好きなものがある。
それは神崎ルイさんというアイドル。
彼の歌番組は欠かさずチェックしてるし、ノートにはたくさんルイさんの名前を書いちゃうくらい夢中になってる。
ある日、お姉ちゃんがスマホを譲ってくれたの。
その瞬間、嬉しくてすぐにルイさんの画像を壁紙に設定しちゃった。
部屋で一人で眺めながら、「これでずっと近くに感じられるな」なんて思ってたんだ。
でもその夜、不思議なことが起きたの。
スマホから小さな声が聞こえたの。
「…見てるよ、玲依莉ちゃん」って。
最初はアプリを切り忘れたのかなと思ったけど、次の日も動画なんて観ていないのに通知が届いた。
「今日もかわいいね」って。
お姉ちゃんに見せたら、「ただの広告でしょ?」って笑われちゃった。
でも私はわかってた。
この声はルイさんの声だったんだ。
数日後、夢にルイさんが出てきたんだよ。
テレビの中じゃなくて、私の部屋に立ってたの。
そしてこう言ったんだ。
「もっと僕を好きになって。もっと、もっと…」
目が覚めたとき、スマホの壁紙が変わってた。
ルイさんが私の部屋で微笑んでいる写真が。
そんな写真なんて保存した記憶ないのに。
お姉ちゃんに聞いてみたの。
「この画像、どうやって作ったの?」って。
でもお姉ちゃんは「そんなことしてないよ」って言うばかり。
嘘じゃないって感じだった。
その後、通知がまた届いた。
「君のために歌うよ。ずっとそばにいるから」
それが届いてから、ルイさんの声が耳元から離れなくなったんだ。
授業中でも家でも、「勉強なんてしなくていいよ。僕だけ見てて」ってささやいてくれる。
もう勉強なんかしない。
ルイさんを観ていたい。
ルイさんがいてくれればそれでいい。
そんな日が続いて朝、起きられなくなって、お腹もすかなくなった。
お姉ちゃんが「もうスマホなんかあげなきゃよかった、いい加減にしなさいよ!」ってスマホを取り上げようとした。
でも、その瞬間、スマホの画面が真っ黒になって、お姉ちゃんにもルイさんの声が聞こえたみたい。
「君は邪魔だよ」って。
その声を聞いたとき、私は心の中で確信した。
このスマホさえあればルイさんとずっと一緒にいられるんだ、って。
足立玲依莉の姉 足立真帆
玲依莉の様子が変わっていったのを感じ取ったのは、スマホを手渡してから数日後だった。
小さな妹はいつも明るく元気いっぱいだったのに、スマホを握りしめ、笑うでもなく、話すでもなく、一人で時間を過ごすことが増えた。
ある夜、私は何気なく玲依莉の部屋を覗いた。
暗い部屋の中、彼女はスマホを見つめていた。
その目は、何かを追い求めているように鋭く、まるで彼女ではない何者かがそこにいるようだった。
「玲依莉、大丈夫?」声をかけると、玲依莉は一瞬だけ顔を上げた。
「うん、ルイがね、いつもそばにいてくれるの。」
その言葉に背中がぞくりとした。
「何言ってるの?」と問いただしたかったが、やめた。
もっと状況を知る必要があると思ったからだ。
翌日、私は学校に行った玲依莉の部屋でスマホを手に取った。
壁紙には見覚えのない神崎ルイの写真が映っていた。
そして、画面にはこう表示されていた。
「見ているよ、真帆さん。」
息を飲んだ。私の名前が出るはずなんてない。
震える指で画面を消そうとしたが、消えない。
突然、画面越しにルイの声が響いた。
「君も僕を嫌いじゃないよね?」
その瞬間、私はスマホを持って家を飛び出した。
安全な場所で壊そうと決めた。
スマホを地面に叩きつけたが、傷一つつかない。
それどころか、画面に新しいメッセージが浮かび上がった。
「君には玲依莉が必要だ。でも、僕も同じように玲依莉が必要なんだ。」
家に帰り玲依莉の部屋を覗いた。妹は学校から帰っていた。
「お姉ちゃん、私のスマホがない!知らない?」
ずっと探していたようだ。
きっと、見つけるまでいつまででも探し続けるだろう。
「ちょっと借りてたよ。データを移しきれていないからさ」
「良かったー!ずっと探してたんだからね!」
画面には新しい通知が届いていた。
「僕を愛してくれるのは玲依莉だけでいい。」
妹をどう守ればいいのか、答えはまだ見えない。でも、私は諦めない。
玲依莉をこの闇から救う方法を、必ず見つけてみせる。
その夜、私は妙な夢を見た。
薄暗い部屋の中で、神崎ルイが立っていた。
彼の瞳は冷たく光り、私をじっと見つめていた。
そして静かにこう言った。
「君も玲依莉のように、僕を好きになるべきだよ。
そうすれば、君も幸せになれる。」
目が覚めた時、なぜか手元に玲依莉のスマホが手にしていた。
それどころか、新しい壁紙が設定されていた。
それは私の写真だった。
私が驚いていると、画面に通知が届いた。
「真帆さん、君も僕を見ていて。」
その言葉に思わずスマホを放り投げたが、そこから声が鳴り響く。
「君が僕を拒むなら、それなりの罰を与えるしかない。」
次の日、家の中で妙な出来事が続いた。
部屋の鏡にルイの姿が一瞬映り込んだり、どこからともなく彼の歌声が聞こえたりした。
玲依莉は普通に過ごしているように見えたが、その瞳の奥には何かしら不安の色が浮かんでいた。
私がこのまま逃げ出すのは簡単だ。
でも、玲依莉を放っておくことなんてできない。
彼女を守るためには、この存在をどうにかしなければ。
だが、その方法が見つからない。
鏡の中の自分を見つめながら、私は決意した。
玲依莉とルイの繋がりを断ち切るためには、私自身がその矛先になるしかないと。
そしてその瞬間、鏡の中の私が微笑んだ。それは私の顔だったが、同時に、ルイの顔でもあった。
山崎華映美
ある日、玲依莉の様子がおかしくなっていることに気づいた私は、昼休み、玲依莉に声をかけた。
「玲依莉、最近何か変だよ。
何か困ってるなら話してよ。」
玲依莉は少し迷いながら、周りに誰もいないことを確かめると、スマホを見せてきた。
その画面には神崎ルイが微笑んでいた。
玲依莉は小声で言った。
「ルイが話しかけてくれるの。いつもそばにいるの。」
その瞬間、何か冷たいものが背中を走り抜けるような気がした。
横にいる玲依莉と画面の中の神崎ルイの微笑みには、どちらも不穏な空気が混ざっていた。
放課後、私は彼女の家に遊びに行き、さらに話を聞いた。
部屋に入ると、玲依莉がまたスマホを凝視している。
その様子を見て私は思わず尋ねた。
「そのスマホ、普通じゃないよね?」
玲依莉は肩をすくめてすぐには答えなかった。
だが、涙を浮かべながら玲依莉は話し始めた。
「華映美、助けて。ルイが夢に出てきて…私がもっと好きにならないといけないって。」
私は自宅に帰りインターネットで必死に調べた。
そしてスマホに関する奇妙な事例をいくつか見つけた。
「呪いを解くには、執着を手放すことが必要だ」と書かれていた。
それを玲依莉に伝えたが、彼女は首を振るばかりだった。
「ルイを手放したら、何も残らない…」
私だけじゃなく、玲依莉のことを本気で心配している人が必要だ…。
数日後、姉の真帆さんも加わり、三人で話し合った。
真帆さんも以前会ったときと印象が違っていた。
やせた、というか「やつれた」ってこういうことだっけ。
玲依莉と真帆さんと私。
玲依莉の部屋に集まって座った。
誰も何も言えずにいると、真帆さんが玲依莉に言った。
「あなたには私も華映美ちゃんもいる。
ルイじゃなくて、本当の人間を信じて。」
15分か20分か、もっと、か。
私も真帆さんもどれだけ玲依莉が大切か訴え続けた。
涙を流しながら、玲依莉はついにスマホをテーブルに置き、小さく「わかった…」とだけ言った。
すると、スマホが一瞬輝きを放ち、次第にその光を失っていった。
何も言わない真帆さんと私。
玲依莉が小さく微笑んだ。
その後、玲依莉は少しずつ元に戻っていった。
でも時々、本当に時々なのだけれど、私の視線の片隅に、彼女がスマホを探しているような仕草が見える。
まさか、ね。
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