『河原の石』
飯塚こころ
私は小学5年生の飯塚こころ。
両親は忙しく、兄の翔太と祖母と過ごすことが多かった。
秋の遠足で郊外の山に登り、河原で遊んでくるということを知った祖母は何度も私に言った。
「ここちゃん、河原の石は持って帰っちゃいけないんだよ。色々な人の念が入っているからね。
不吉なことが起こるんだからね」
遠足で訪れた河原は、穏やかな水音と陽の光がきらめく楽園のようだった。
私は、少しだけ一人で川沿いを歩くことにした。
そこで目に入ったのは、他の石とは違い、妙に真っ白で滑らかな表面を持つ石。
「きれい…」と手に取った瞬間、手の中に冷たい感覚が広がった。
まるでその石が微かに震えているような感覚だ。「この1個だけ、持って帰ろう」
祖母の言いつけも忘れてはいなかったが、あんなのは迷信に違いない。
私は迷わずリュックに入れた。
その夜、夢の中で川原の水音が耳元で響く中、誰かの声が聞こえた。
「返して…元の場所に返して…」目が覚めても、その声が頭の中で離れなかった。
でも、私はそれを夢だと思うことにした。
それから妙なことが立て続けに起こるようになった。
机の上から勝手に文房具が転がり落ちたり、カーテンが風もないのに揺れたり。
寝室では、滴る水音が聞こえるようになり、いつも誰かに見られているような気配を感じた。
兄の翔太に話すと、「その石、危険かもな」と言われたけれど、私は返すのを拒否した。
「あれは私が見つけたんだから、返したくない」と強く言った。
それでも夢はますます恐ろしいものになった。
川辺の影が私をじっと見つめ、「返さないなら、そちらへ行く」とささやき、その手が私の方へ伸びてきた。
目が覚めると全身が汗でびっしょりになっていた。
現実でもその影が現れ始め、部屋中に水の音が響いた。
それでも石を手放せなかった私は、まるでその石に支配されているようだった。
私はうつろな目で兄に言った。
「…もう返しに行かなくていいよ。…手遅れだから。」
三上彩佳
私は三上彩佳。
こころとは幼なじみで、クラスでも一番仲がいい。
こころが最近おかしい。
机に突っ伏してることが増えたし、あの遠足の日から、どこか元気がない。
体育の時間には「夢を見て眠れない」とぽつり。
どんな夢かを聞いてもはぐらかされた。
その日の放課後、ふとしたことでこころのランドセルが倒れ、中から滑らかで白い石が転がり出た。
それを見た瞬間、なぜか背中がぞっとした。
声には出さなかったけど、なんとなく普通の石じゃない気がして、その場を離れた。
数日後、家で祖父にその石のことを話してみた。
祖父は「川原の石かもしれないね」と言いながら表情を曇らせ、ふと昔話をしてくれた。
「石を返さないと、その石に取り込まれる」という言葉が印象的だった。
次の日、学校の帰り道にこころに話しかけた。
「その石、大事なものなのは分かるけど…もしかしたら、石は元の場所に帰りたがってるかもよ?」
私の言葉に、こころの目はわずかに揺れたけれど、最後にはきっぱり否定されてしまった。
それでも諦めなかった私は、翔太くんにも話してみることにした。
すると、「そうなんだ。あの日からこころはおかしい」と同意してくれた。
私たちは二人でどうにかその石を元の場所へ返す方法を考えることにした。
少しずつ、こころの周りの違和感が増していたけれど、私はあの時の祖父の言葉を頼りに、こころを助けるためのヒントを探し続けた。
飯塚こころの兄 飯塚翔太
こころの様子が明らかにおかしい。
笑顔が減り、夜中にうなされている声が廊下まで聞こえてくる。
彩佳ちゃんから「石」の話を聞いたとき、確信を得た。
あれが全ての原因だ、と。
「石なんて返してしまえ!」と一度強く言ってみたけど、こころは頑として首を振った。
それを見た瞬間、これはただの意地じゃない。
何か強い力でこころが縛られているように感じた。
夜、再び夢の中でうなされるこころの寝顔を見ながら、俺は決意した。
このままだと取り返しがつかなくなる。
俺は早朝、こっそりとこころの部屋に忍び込んだ。
机の上に置かれていた白い石をそっと手に取る。
思ったよりも冷たい感触にぞっとする。
石を手にすると、部屋の中がやけに静まり返った。
その沈黙に背中を押されるように俺は動き出した。
あの日、遠足で行ったという河原を目指して朝日を浴びながら向かった。
胸が苦しい。
石を川へ戻せば本当に終わるのか?でも、もう後戻りはできない。
川に着くと、静かだった空気が一変した。
川音が急に大きくなり、足元の水が冷たく足首にまで達した瞬間、石がまるで自分から川へ戻ろうとしているかのように震えた。
俺は全力でその石を川に放り投げた。
瞬間、風が音を立てて通り過ぎ、水音が穏やかに戻った。
まるで川が「ありがとう」と言っているように感じた。
家に帰ると、こころは自室に座ってマンガを読んでいた。
その顔には久しぶりの安らぎが戻っている。
「これで大丈夫だ」と思ったが、ふと部屋の隅に目をやると、小さな水たまりがまだ残っていた。
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