5年1組5番 井上玲『鏡』

ショート怪談

井上 玲

引っ越してきた古い家は、最初は少しワクワクしていた。

祖父母が使っていた家というのもあって、どこか特別な感じがした。

自分の部屋を持てるというのは本当に嬉しい。

だけど、その部屋にあった古びた鏡がどうしても気になった。

最初から「なんだか変だな」っていう感じがしてならなかった。

ある夜、机で宿題をしていると、背後で「カリ…カリ…」という音がした。

振り向くと、鏡に映っている自分の顔がどこか不気味に笑っていた。

「何か変だ」と思いながらも、目をこすってもう一度見たら、いつもの自分に戻っていた。

ほっとしたけれど、それが始まりだった。

翌朝、鏡にひびが入っていることに気づいた。

「お兄ちゃん、これ見て」と雄大に言ったけど、「古い鏡だからね」と軽く流されてしまった。

でも、どうしても気になった私は鏡の前でじっと自分を見つめ続けた。

すると、その夜、鏡のひびが少しずつ広がっていくのが分かった。

そしてそのひびの間から黒い影のようなものが見えた。

まるで、鏡の向こうから何かがこっちに侵入してきているみたいだった。

黒い影は「こっちに来れば楽しいよ」と囁きながら、私を鏡の向こう側に引きずり込もうとしてきた。

怖くてたまらなかったけど、必死で抵抗して、鏡を思い切り倒して大きなひびが入ってしまった。

その瞬間、黒い影は消えたけど、何かがまだ残っている気がした。

それ以来、鏡に布をかけて見えないようにした。

でも夜になると、時々、破片から囁き声が聞こえるような気がする。

「こっちは楽しいよ…」と。その声が完全に消える日はいつ来るんだろう。

中嶋叶美

玲が引っ越してから何週間か経ったある日、ふと気づいたことがあった。

前よりも元気がない。

休み時間に話しかけても、「うん」とか「別に」とか、曖昧な返事ばかり。

何か抱えてるんじゃないか、と私はずっと気になっていた。

学校帰りに玲の家へ寄る機会があって、彼女の部屋に案内された。

その瞬間、私は奇妙な雰囲気に気づいた。

部屋の奥に、布をかけられた鏡。

何かを隠すようにそこに置かれているそれに、思わず視線が止まった。

「ねえ、なんでこれ布かけてるの?」

そう尋ねると、玲は明らかに動揺したようだった。

しばらく無言だった彼女は、小さな声で「大したことじゃないよ」とつぶやいた。

その言葉が余計に私を不安にさせた。

「本当に?玲、前となんか違うよ。学校でも何か抱えてるみたいだし。これ、関係あるんでしょ?」

追い詰めるような言葉を口にしてしまったけど、止められなかった。

玲は一瞬だけ目を見開いたが、やがてポツリと話し始めた。

鏡にまつわる出来事を聞けば聞くほど、背筋が冷たくなっていった。

夜中の「カリカリ」という音、不気味に笑う自分の映像、そして黒い影の囁き。

全てがただ事ではない。それを淡々と語る玲の姿が、逆に恐ろしく思えた。

「玲…そんなの本当に信じていいの?ただの思い込みなんじゃない?いや、それとも…」

話している途中、私は意識せずに鏡の方へ足を向けていた。

布越しでも、その向こうに何かがいるような気がした。

そう、玲が言うような、影のような何かが。

「そんなに嫌なら、鏡なんて捨てちゃえばいいじゃん!なんでまだ置いてるの?」

少し強い口調で言うと、玲は何も言わずに顔を伏せた。

その瞬間、部屋の中に奇妙な緊張が走ったような気がした。

そして、微かに聞こえた。「カリ…カリ…」という音。

布の向こうからだった。

私の胸に、不安が恐怖へと変わる感覚が押し寄せた。

「玲、本当に大丈夫なの?これ以上ほっといたら…」そう言おうとした瞬間、彼女の目には涙が浮かんでいた。

井上玲の兄 井上雄大

玲の涙を見ると、放っておくわけにはいかないと思った。

妹がここまで怯えているなら、兄として何とかするべきだろう。

でも、鏡に手を出すのは正直怖かった。

何か説明できないものがそこに潜んでいる気がしてならない。

捨ててしまおう、と提案してみたがもっと取り返しのつかないような

怖いことが起こりそうな気がする、と言って玲は納得しない。

「じゃあ、一緒に解決しよう。まず鏡をしっかり封印してみないか?」

そう提案すると、玲は少しだけ安心した表情を浮かべた。

二人で鏡を厳重に梱包することにした。

布をさらに重ねて貼り付け、何層ものガムテープで固定。

その上で部屋の隅に押し込んだ。

その夜、玲が突然俺の部屋にやってきた。

「カリカリ音がなくなった気がする」と震えた声で言った。

封印が効果を発揮したのかもしれない。

妹が少しずつ元気を取り戻す姿を見て、俺もホッとした。

数日が経ち、玲は以前のように笑顔を見せ始めた。

学校でも友達との会話に積極的になり、元気な姿が戻ってきた。

封印した鏡はそのまま部屋の隅で静かに置かれている。

だけど、全てが終わったとは思えない。

夜中にふと目を覚ますと、隣の部屋から微かな気配を感じることがある。

それは鏡に近づくような感覚。

そして、時折夢の中で「もっと楽しいところがあるよ…」と囁く声が響く。

玲の恐れはほぼ解決されたけれど、俺の心の中にはまだ影が残っている。

鏡が再び動き出すことはないと願う。

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