5年1組 担任 原田萌音『影』

ショート怪談

原田 萌音

今日も児童たちの元気な笑顔に癒されながら、帰宅後はマンションの自室の静けさの中でひと息つく。

教師生活も慣れてきたけれど、こうしてスマホを手に取り写真を整理する時間は、忙しい日々の中で唯一自分だけのものだ。

いつものように写真を眺めていると、画面に妙な影が映り込んでいるのに気がついた。

「ん?」カメラを確認しても何も問題はない。

それなら部屋の中を撮ってみよう。

そう思った瞬間、画面の中に映った光景に背筋が凍りついた。

そこには学校の校庭が映し出されていた。

雨に濡れる地面、傘を差した児童たち。

そして、遠くで響く不気味な雷鳴。

それは明らかに「今」の光景ではなかった。

何かがおかしい、そう感じながらもスマートフォンを手放せない。

さらに写真を撮り続けると、画面に次々と現れる知らない場所や情景。

どれも今現在のものではない。

その中で目を引いたのは背景にうっすらと映り込む「影」だった。

漆黒のそれは、人の形のようでありながら歪んでいて、不自然な動きをしているかのようだった。

翌日、学校でその未来の一部が現実として再現されているのに気がついた。

雨の日、児童たちの表情、雷鳴…すべてが写真の通りだ。

その場面を思い出すたび、胸の中で広がる不安は拭えない。

夜、スマホが最後の写真を映し出した。

それは、私が校庭に立ち尽くす姿だった。

暗闇に包まれ、周囲には影が蠢いている。

写真から目を逸らそうとしても、影がじっとこちらを見つめるように感じた。

「これは何なの?」と呟いても答えはない。

ただ静かに、じっと影と向き合うだけだった。

高瀬 律

僕は彼女を見守り続けている。

いや、そうせざるを得ない。

中学の頃、萌音は僕にとって特別な存在だった。

彼女が話すたび、笑うたび、心が温かくなる感覚を覚えた。

でも、その想いを伝えることはできなかった。

僕がこの世を離れるずっと前に、彼女への気持ちは封じ込められ、今では暗い影となって漂っている。

画面にうっすらと映る影、それは僕だ。

でもこの歪んだ姿は、かつて僕が彼女を大切に思っていた自分とはまるで違う。

死後、僕はこの場所、そして彼女の周囲に縛られた存在になった。

写真に映る影は、僕の歪んだ心そのもの。

僕は彼女に近づきたい。で

も、近づけば近づくほど、影は異形となり、彼女を怯えさせる存在へと変わる。

彼女が部屋で撮った写真、雨の校庭の未来の情景——それは彼女を守るための警告だった。

僕には分かる。

彼女に迫る「何か」が存在する。

その何かが僕の影を通じて伝わる瞬間、僕はさらに歪む。

彼女を守りたいという気持ちは、僕の影を異形のものに変える。

その夜、スマホが映し出した最後の写真。

暗闇の中、傘を差した彼女が中庭に立ち尽くし、蠢く影に囲まれる姿。

僕はその光景を見て、何もできない自分に苛まれた。

それでも、僕の影は彼女を救おうとしている。

蠢く影の中に映るのは僕だけではない。

かつて僕が死んだ瞬間に感じた恐怖、それを再現しようとする存在が、そこにいる。

「萌音、逃げてくれ」 僕はその言葉を彼女に届ける方法を探した。

でも彼女には届かない。

僕の影はただ彼女を見つめるだけだ。

そして、その影が僕自身を飲み込み、消え去ろうとしている。

僕は願う。

彼女がこの闇から抜け出し、また笑顔を取り戻す日が来ることを。

僕の影が消えたあと、彼女がスマホを手放し、もうこの恐怖に囚われることがないことを。

それが僕にできる唯一の救いだ。

原田 萌音の同僚 笹原 静奈

萌音が突然休みを取ったあの日、私は彼女が抱えているものがただ事ではないと感じた。

長年の友人だからこそ分かる。

彼女がひた隠しにしている苦悩が、深く彼女を飲み込もうとしていることを。

私は彼女のマンションを訪ねた。

玄関のドアを開けた瞬間、薄暗い部屋の中から冷たい風が吹き抜け、何か得体の知れないものの気配を感じた。

ソファの横にはスマホが置かれていて、その画面は点灯したまま動かない。

「これが噂のスマホなの?」

萌音から聞かされていたのは、おかしな画像が撮れてしまう、ということだった。

恐る恐る近づくと、その瞬間画面に映ったのは真っ暗な校庭、そして彼女を取り囲む暗い影だった。

視線を画面から逸らすことができず、私はその影に見覚えがあることに気がついた。

影の中に潜むのは、かつて私たちの中学時代に急死した高瀬律。

萌音が一度も彼のことを口にしない理由を思い出しながら、彼女の部屋で起こっている現象に対する答えを探そうとした。

「律…なの?」声を上げると、画面の影がゆっくりと動き、私に視線を向けたような気がした。

その影の奥には何か歪んだ記憶が浮かび上がり、そして再び萌音の姿を取り囲む影へと戻った。

律は何かを伝えたいのだろう。

でもその方法は彼自身をも傷つけ、萌音を恐怖に追いやる結果しか生んでいない。

彼の想いは守りたい気持ちから歪み、異形となり私たちの前に現れている。

翌日、萌音は出勤してきた。

私は萌音から話を聞く決心をした。

彼女は静かに語り始めた。

「律だと思う。でも、どうして今になって現れるのか分からない。

写真を撮るたびに、影が大きくなっていくのが怖くて。」

彼女の声は震えていた。

私は彼女にスマホを手放すよう説得した。

その影が彼女を守るどころか、さらに闇へと引きずり込むように見えたからだ。

「ちょっと中庭に行こう。」

彼女はスマホを持って中庭に立ち、その闇が蠢く中で律に別れを告げるように呟いた。

「もう充分だよ。私を守るために、これ以上自分を傷つけないで。」

スマホはその瞬間壊れた。

萌音は静かに涙を流しながら微笑んだ。

「律は、きっと私を守ろうとしてたんだね。」

その言葉を聞いて、私の心に残る影の記憶もやっと消え始めたように感じた。

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