絵の中の少女
小島 胡桃
ある日、母が持ってきた少女の絵は、どこか心引かれるものだった。
曇った窓の向こうで立っているその姿。
ぼやけた顔。
どうしてこんなに気になるんだろうって、不思議な気持ちになった。
夜、夢を見た。その少女がじっとこっちを見ていて、何か言った。
「ここは、あたしの場所。」
その声が耳から離れない。
翌朝、絵を見ると、昨日より少女の顔が鮮明になった気がした。
特にその目。まるで私を見透かしているような、その視線に吸い込まれるようだった。
「この絵に何かある?」
そう思うと怖くて目を離せなくなった。
学校で顔が変わったと言われた日の夜、鏡を見て自分の目が、
絵の少女に似てきていることに気づいた。
その恐ろしさを誰かに話したいのに、言葉にならない。
怖くてしかたない、それなのに、気がつくと絵を見つめている自分がいた。
夢をまた見た。私は絵の中にいた。
湿った窓辺の感触、少女の笑み。
絵の外の世界が遠くなって、今いるこの場所が現実のように感じた。
「私とあなた。もう、二人で一人だね。」その言葉が心に響き、胸の奥がひんやりと冷たくなった。
翌朝、少女の顔は私そのものだった。
そして、私の顔はぼやけて、どんどん遠ざかっていく。
毎晩眠りにつくと、夢に見て、絵の少女とひとつになる感覚が日に日に強まる。
そうして、私は絵そのものになっていった。
太田 詩
胡桃の話は、いつもどこか不思議だったけど、その日は特に異様だった。
教室で「あの絵の顔、変わった気がする」とつぶやいた時の彼女の顔。
何かに怯えながらも、どこか遠くを見つめているような目。
私たちに見えていない何かを見ている感じで、思わず背筋がぞわっとした。
放課後、胡桃と一緒に帰る途中で、その「絵」の話をもっと詳しく聞いた。
「絵の中の少女、顔が変わるんだ。夢にも出てきて…」と、
小声で震えるように話す彼女を見ていると、冗談とは思えなかった。
どんな絵か気になって、私は「見せて」と頼んだ。
でも彼女は首を横に振り、目を潤ませながら「やめたほうがいい」とつぶやいた。
その夜、私は寝つけなかった。
胡桃の話がずっと頭の中をぐるぐる回り、どうしてもその絵を見たいという気持ちが抑えられなかった。
次の日、学校で再び胡桃に「その絵を見せて」とお願いすると、彼女はしばらく黙った後、
「後悔しても知らないよ」と言った。
放課後、胡桃の家に行った。
薄暗い部屋の隅に立てかけられたその絵は、思った以上に古びていて、
不気味な雰囲気を醸し出していた。
窓辺に立つ少女の目が、私をじっと見つめている気がして、目を離せなくなった。
その時、急に空気がひんやりとして、背後で誰かの囁き声が聞こえたような気がした。
帰り道、私はずっと不安な気持ちに襲われていた。
そしてその夜、夢を見た。
胡桃が言っていた湿った窓辺。
その横に立つ少女と、まるで絵に引きずり込まれたように私もそこにいた。
「あなたもここにおいで」と少女が言った瞬間、目が覚めた。
次の日、胡桃は学校に来なかった。
胡桃は…体調がよくないだけ、なのか?
その疑問と恐怖が、私の中で静かに膨らんでいった。
小島胡桃の母 小島美智子
胡桃の話は奇妙なものでしたが、日に日に彼女の様子はさらに異常なものに変わっていきました。
部屋に閉じこもり、絵を見つめ続けているだけの日々。
話しかけても空っぽの声で「今、少女と話してるの」とつぶやくだけ。
その声は娘のものとは思えない、冷たく響くものでした。
ある夜、気味悪さに耐えられず、私はその絵を家の外に捨てることにしました。
しかし朝、玄関に出ると絵はそのまま戻ってきていました。
絵を見た瞬間、少女の顔が一層鮮明になり、その目が私を追うように感じました。
胡桃はその後も変わらず、その絵を愛でるように見つめていました。
「この絵は特別なの。私とつながってるから」と彼女は静かに笑いました。
恐怖に駆られて絵を焼くことを決意し、その夜、庭で火をつけました。
その瞬間、悲鳴とも風ともつかない音が周囲に響き渡り、空気が重たく冷たいものに変わりました。
絵は炎の中で激しく燃えましたが、家に戻ると胡桃が泣きながらこう叫びました。
「どうして!どうして私の世界を壊すの?」その言葉に、私の心は恐怖で締め付けられました。
彼女はその後、数日間部屋に閉じこもったまま、誰とも話そうとはしませんでした。
数週間後、胡桃が笑顔で部屋から出てきた時の彼女を見て、私は背筋が凍りました。
彼女の顔は、あの絵の少女そのものでした。
目の形、口元の微笑みまで。
まるで絵の中から歩き出してきたかのように。
そして彼女は静かにこう言いました。
「もう大丈夫。私は彼女とひとつになったの。」
その後、胡桃は元の生活に戻ったように見えましたが、時折窓辺でぼんやり立つ姿が目に焼き付きました。
絵は焼き払ったはずですが、ある夜、私は夢でその窓辺の少女と胡桃が立つ姿を見ました。
二人は同じ顔で笑いながら私に手を伸ばし、こう囁きました。
「次はあなたの番だよ。」
目が覚めた時、私は窓辺に立つ自分の姿を感じ、ひんやりした空気に囚われていました。
胡桃は生きています。
でも、もう彼女は完全にこの世界の人間ではなくなったのだと、私は静かに悟ったのです。
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